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スガシタの眼〜深層海流を読む〜第35回 平成15年11月11日
遠く寒山(かんざん)に上れば石径(せきけい)斜めなり、
白雲(はくうん)生ずる処 人家在り。
車を停めて(とどめて)坐(そぞろ)に愛す 楓林(ふうりん)の晩(くれ)、
霜葉(そうよう)は二月の花よりも紅(くれない)なり。
中国の唐代の詩人、杜牧(とぼく)の"山行(さんこう)"という題の詩である。
その意味は晩秋の暮れ方、石畳の山道をどこまでも登って行くと白雲の湧いているあたりに何と人家があった。車を停めてうっとりと薄色に染まった楓の林に見とれる。霜に打たれた楓の葉は春のさかりの花よりも紅い。(以上、中国名詩選(下)岩波文庫より)
選挙戦のまっ最中に民主党が政権をとった場合の閣僚名簿を一部発表した。
菅直人総理はともかく、榊原英資財務大臣に田中康夫地方分権担当大臣らの顔ぶれを見てやや心配になった。民主党は脱官僚をうたいながら財務大臣は旧大蔵官僚の榊原氏、田中康夫氏も長野県知事としては活躍しているかもしれないがいきなり国務大臣になる能力があるのかどうか。大臣と言えばそれなりの政治家としての経験や実績が必要だ。昨日まで学者や作家や官僚だったような人が簡単になれるポストではない。その点では竹中平蔵経済金融相、川口順子外務大臣などが適役かどうか今でも疑わしい。民間人の優秀な人材を抜擢するのは良いが、政治家としてのキャリア不足の人々には内閣顧問とか首相補佐官とかいうポストがふさわしいと思うがどうであろうか。ただ人気取りのために有名人や民間人を大臣にすえることは政治の堕落につながる。かつては「末は博士か大臣か」といって少年達の憧れの職業であった。しかし昨今の政治家、大臣の評判と地位は著しく低下している。国務大臣といえば日本国民の模範ともなるべき人物である。かつては教養人として尊敬され、李白や杜甫の詩を愛し、漢藉の素養のあるような人物とされた。ところが今の世の中はテレビによく出演していたり、メディアに露出度の高い政治家ほど人気があるという。今回の民主党の閣僚候補を見て、森喜郎前首相が「モーニング娘。やキムタクのほうがましだ。」といったらしいが笑い話では済まされない。メディア支配の選挙戦が行き過ぎれば将来の日本の政界はビートたけしや明石家さんまのような人たちでいっぱいになる。政治家は見た目よりも中身が肝心だ。人間的魅力のある人、リーダーシップに富む人、知識能力、行動力に卓越した人、今のニッポンの政治の本当の危機はトップクラスの人材が不足していることではないだろうか。
<今週注目の本>
今週は異色の三冊を。 「さよならメリルリンチ」ポールスタイルズ著(日経BP社)
1999年8月8日初版のちょっと古い本だが、ウォール街に働く人間模様が良く分かって面白い。
「やくざリッセッション、さらに失われる10年」ベンジャミン・フルフォード著(光文社)
今話題の本。政財界のウラの世界がゾロッと出てくる。
「美女入門PART4」トーキョー偏差値(マガジンハウス)
林真理子さんのこのエッセイシリーズ軽妙な語り口ではまことに面白い。
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